Coffee Break Essay


この作品は、室蘭民報(2014111日)夕刊「四季風彩」欄に掲載されました。

 「停電の中で」


風の音で目が覚めた。巨大生物の寝息のような、「ゴーッ、ゴーッ」という重低音が響いていた。

 枕元の時計を引き寄せると、午前六時を回っている。ストーブのタイマーが作動していない。セットし忘れたかと思ったが、テレビの待機電源のランプもついていなかった。停電だ、と思い起き上がったとたん、ブルッと身震いがした。平成二十四年十一月二十七日のことである。

 カーテンを開けると、火星表面の嵐のような凄まじい吹雪である。雪が上下左右、ありとあらゆる方向から吹きつけ、荒れ狂っている。ただ事ではないと感じた。

 このとき室蘭・登別を中心に五万六〇〇〇戸が停電。巨大生物の寝息の正体は、最大瞬間風速三九・七メートルの風だった。街路樹はもとより、電信柱までがねじ伏せられていた。室蘭市内の電気の復旧は翌日の昼過ぎまで、登別は三日間、停電が続いた。

 今の時代、電気が止まるとなにも動かない。暖房が使えない。電話もダメ。会社はビルの五階なのだが、水道もストップ。つまりトイレが使えない。お手上げである。人間までが電気で動かされているように感じた。

 幼いころ、昭和四十年代あたりまで、冬の停電は日常だった。北海道の太平洋岸に位置する様似(さまに)が私の故郷である。当時は「暴風雪着氷注意報」という言葉をよく耳にした。二日も三日も電気が来ない。それが冬の風物詩だった。

 暖房が薪から石炭、やがて灯油へと変遷したが、停電とは無関係だった。三年前、三十二年ぶりに北海道に戻ってきた。まず驚いたのは、ストーブに煙突がないことだった。ストーブが進化していた。それが裏目に出た。

 北海道の冬の停電は、致命的である。あの日の夜は、ロウソクの炎だけで暖をとった。夏に父の墓参りにいったときのロウソクが、手元にあった。ロウソクが意外と暖かいことを初めて知った。普段、蛍光灯の明かりに慣れている目に、ロウソクの炎は心温まる灯火であった。可能な限りの重ね着をし、冷蔵庫なみに冷えた暗い室内で、一夜を過ごした。

 一人暮らしの年寄りには、不安と恐怖が交錯する一夜だったろう。老人の家は、概して古い家が多い。忍び寄る寒さは、命にかかわる緊迫したものだったはずだ。あの夜は、凍死者が出てもおかしくない状況だった。

 そのころ、会社の隣に新聞社があった。非常用電源が足りないらしく、ビルの中はわずかな光があるだけで、ほぼ真っ暗だった。

 新聞社の駐車場にタクシーが止まっていた。その後部座席で、若い記者が一心不乱に記事を書いている。時間との勝負なのだろう。何一つ明かりのない街の中、その車内だけが明るく灯っていた。ラジオを聴くことも話しかけることもできない運転手が、ハンドルに両手をかけたまま、途方にくれた犬のような顔で、降りしきる雪を眺めていた。

                    平成二十五年二月  小 山 次 男


 追記

 平成二十五年十二月加筆