Coffee Break Essay


 『たかが風邪』


 思いがけず風邪をひいた。まず、娘が熱を出し、やっと治ったと思ったら妻にうつり、私に来た。

 二日ほど前から、喉に違和感があった。夕方から悪寒が始まり、ついに発熱。頭が痛く、鼻も詰まりが始まり口で息をするが、その息に熱気がある。明日は、月曜……最悪だと思った。

 朝になると鼻水が出、鼻の下が赤くなって痛い。くしゃみの連続である。それでも会社に行き、会社から病院へ向かった。

「今週は休めないんです」

 と医者に話すと、恐ろしく痛い注射を打たれた。こんな場合でも有難うご座居ました、といった方がいいのか悩むほど痛かった。その注射が効いて体が楽になった。危うく寝込むところだった。今回の風邪は、薬で抑え込んでしまった。

 私は、プラスチックと同じで熱に弱い。三十七度をちょっとでも超えると、ホウレンソウのおひたしのようにクタッとなってしまう。医者はよく、

「身体を冷やさないようにして、十分水分をとって、よく寝ること。風呂は二、三日我慢して下さい」

 という。だが、風呂にだけは入るようにしている。

「さすがは風呂屋の孫ですな」

 と妻に皮肉られるが、私の場合、熱い風呂で身体を茹でた方が、風邪の治りが早いのだ。ひと風呂ごとに身体が軽くなってゆくのだ。だが、熱も三十八度ラインを超えるとさすがに危機感を覚える。

 風邪はピークを含め三日間はひどく辛いものだが、一旦治ってしまうとそんな苦しみは他人事のように忘れてしまう。次にかかるまで、「風邪? そんなもの寝てりゃ治る」くらいにしか考えないのだ。

 若いころ、風邪をひくと「精神がたるんでいる証拠だ!」とよく上司から怒られた。だから風邪をひいても、這ってでも会社に出て行く覚悟でいた。幸いこの十九年間、風邪で会社を休んだのは、たったの一度だけである。ひどいインフルエンザにかかり、三十九度を超える熱を出して、這う気力もなくなり、やむなく休んだ。何度かこれは無理だ、と思ったこともあったが、運良く土日に助けられてきた。

 小さいころ、私は虚弱であった。中学に上がるまで、呆れるほど頻繁に風邪をひき、親には随分と苦労をかけてきた。

 仕事をするようになってから、風邪はピタリとひかなくなった。根性や精神論などといった因果関係はわからないが、油断をすると風邪はひきやすい。医者にいわせれば、張っていた気持が急に緩んだとき、心が深く傷ついているときなどに風邪をひきやすいという。「精神がたるんでるッ!」にも一理ある。

 風邪の後で反省すると、その原因に思い当たる節は確かにある。私は石鹸でこまめに手を洗うようにしている。それにより、風邪の頻度が激減した。風邪ウイルスの最も多く付着しているところは、カラオケBOXのマイク、次に電話の受話器、電車のつり革だという。空気中に浮遊しているウイルスが、直接喉に感染するよりも、手から口に入る方が多いらしい。

 せっかく風邪をひいたので、風邪について調べてみた。風邪という病気は、この世に存在しないらしい。だから医者は、カルテに「風邪」とは記載しないというのだ。

 いわゆる風邪というのは、発熱や鼻、喉の炎症など、呼吸器系の急性炎症の総称で「風邪症候群」という。主なものが普通感冒とインフルエンザである。だから風邪でいいじゃないかと素人は思うが、そうではないらしい。

 鼻の症状があり、一週間以内で治る、この条件を満たすものが本来の風邪で、インフルエンザウイルスの場合は、高熱、頭痛、関節痛、消化器症状など一般の風邪症状とはかなり異なる症状がある。

 現在発見されている風邪ウイルスは、インフルエンザウイルスも含め、約一二〇種とも二〇〇種類ともいわれる。ひとつのウイルスに感染すると免疫ができるから、二度と同じウイルスには感染しない。人間は、だいたい一年間に二回ぐらい違うウイルスの風邪をひき、一生かかって二〇〇種類弱の風邪ウイルスに感染していくという。

 風邪をひいたら玉子酒を飲んだり、緑茶でうがいをしたり、ニンニクを食べたり様々な民間療法がある。名医でも風邪を治せない、ということが暗黙のうちに了解されている。医者曰く、「寝るのが一番」。

 夜は免疫を高めるリンパ球が増える。身体が休んでいることが大切だが、その睡眠がおろそかにされている。現に、こうして夜遅くまでパソコンを叩きながらインターネットに感心しているようでは、治る風邪も治らない。早く寝ることが肝要なのである。

                    平成十四年四月  小 山 次 男

 追記

 平成十九年六月加筆