Coffee Break Essay



  『思秋期』



ついこの間、大学を卒業したような錯覚に陥ることがしばしばある。
とっくに四十歳を越えているのだからそんなことはない。
ふり返ると、あっという間の二十年であった。

高校時代、英語の先生の口癖は「先の大戦では――」であった。
当時、六十歳近い先生であり、何を大昔のことを言っているんだ、と半ばバカにしていた。
考えてみると先生の枕詞を聞いていた高校一年の頃は一九七五年。
戦後三十年しか経っていなかったのだ。
今になって先生の口癖にも大いに頷(うなず)ける。
年を重ねて初めてわかることである。

ちなみに学生時代過ごした京都で「先の大戦」というと《応仁の乱》(一四六七年)を指した。
太平洋戦争で戦禍に合わなかったがゆえの揶揄である。

どちらかというと、私は悲観的タイプの人間である。
まだ四十三歳かという思いと、もう四十三だ、が時折交差する。
ボトルに半分しかない酒を見て「もう半分しかない」と悲観するタイプなのだ。
「まだ半分ある」とは考え難い。

元来胃腸の弱い私は、長生きはできないと勝手に思い込んでいる。
よくいわれる長生きの秘訣に「くよくよしない」、「小さなことには拘(こだわ)らない」、「のんびり構える」、「ストレスを溜めない」などがあるが、どれをとってもその対極にいる。
この固体を維持できるのは、せいぜい六十歳前後だろうと想定している。
下手をすると五十代で事切れるかも知れない。

「そういうヤツに限って長生きするんだよ」といわれるが、
私としては「いや、そんなことなない」と半ば確信している。
それは父が五十一歳で死んだという実績も加担している。
つまりボトルの酒がすでに三分の二を割っているということになる。

そのわりには、生命保険など六十歳払い込み済みの終身保険、年金受取方式になっている。
万が一に備えてのことだ。死ぬことではなく、万が一生きることを意味している。
四十台とは中途半端な年齢だとつくづく感じる。

最近は目も悪くなってきた。小さい字がかすんで見にくい。
メガネ(近視)をはずすと活字がくっきりと大きく見えるのには驚いた。
また、三十代が若く見えるようになってきた。
二十代は眩(まばゆ)く、十代は直視に耐えない。
逆に、五十代に親近感を覚える。

ある日、ボーッと野球を見ていてハタと気がついた。
いつの間にか選手はみな私より年下ばかりである。
どこを見回しても、自分と同じ年頃のスポーツ選手はいない。

最近、立花隆氏の『臨死体験』(文春文庫)を読んだ。
かなり強いインパクトのある内容であった。

臨死体験とは、事故や病気で心臓停止が起こり、
九死に一生を得て生還をしてきた人々の特殊体験である。
まばゆい光の世界に入り、死んだ親族、知人との出会いがあるらしい。
結局、まだお前はここに来る資格がないと言われて戻ってくるのだ。

特に、対外離脱は興味深い。
心臓が停止して周りの者が慌てる様子を天井の隅から見ている。
そのうちその光景に飽きて、あの人はどうしているのだろう、と思ったところへ瞬時に行けるというのだ。
恋人の家に行ったり、遠く離れた娘のもとにも行く。
生還した後で「あなたと一緒にいたあの人は誰?」などと言って当事者を驚かすのだ。

「生きている間どれ程の苦しみがあろうとも、一所懸命生き抜けば最後にはあの安らぎの境地になれる」というのは、臨死体験者に共通する認識である。
特に宗教に目覚めるということはないようだが、生きている喜びや他人に対し溢れるような優しさで、接することができるようになり、死の恐怖が喪失するというのだ。

これはもう是非、死にそこなってみたいと思った。
「そんなバカなことを考えている暇があるのなら、死ぬほど仕事をしろッ!」とどやされそうである。

思春期というのは、感受性に富み、特に異性に対する関心が強くなる年ごろである。
私の場合、体の成長こそ止まったが、ある意味で物には感じやすいし、異性に対する関心はますます旺盛である、とイキがってもダメなのだ。
単なるスケベオヤジに過ぎない。鮮度が違う。旬は過ぎ、賞味期限も切れた。
有効期限もあと僅か、耐用年数が切れることを心配しているくらいなのだから。
そういう意味では、男も女も期間限定商品なのだろうか。

こういうことをウダウダと考える年頃を、《思秋期》と言いたいが、「歯周病」を髣髴(ほうふつ)とさせるような言葉の響きが妙に哀しい。


                                平成十五年八月 小 山 次 男