Coffee Break Essay



  『思わぬ涙』




 宮崎駿の映画『千と千尋の神隠し』が、この(平成十三年)十月、観客動員数二千万人を超え、それまでの最高だった『タイタニック』を抜いた。夏休みにあわせて封切られた映画だが、この冬いっぱい上映するという。氷河期といわれる不況下、関係者は込み上げる笑いを抑えるのが大変だろう。

 元来、映画は好きな方である。子供ができる前までは、足げく映画館へかよっていた。いくらなんでも赤ん坊を連れては行けない。桃栗三年ガキ八年、娘が八歳になって、やっと映画館へ行けた。見たのは、『セーラームーン』。倒れそうになった。以来、夏休み、春休みのたびに『ドラえもん』や『ポケモン』といった類の映画に付き合っている。

 この夏は、宮崎駿だと聞いてホッとした。娘も成長したのだ。『火垂るの墓』、『おもひでぽろぽろ』、『もののけ姫』、『耳をすませば』……娘が見るようになって、いつしか自分も宮崎作品の虜になっていた。最初は、たかがアニメじゃないかとバカにていた。

 娘がビデオで見ていた『となりのトトロ』、その映像の美しさに魅了された。宮崎作品は、昭和三十年代ころの時代背景のものが多く、郷愁を誘われる。また、ストーリーもいいし、音楽もいい。氏がトラスト運動で買い上げた狭山丘陵が比較的近い場所にある。「トトロの森」と称し、自然のままの姿で手を加えず残されている。

 この夏、『千と千尋……』を二度も見た。娘にせがまれたのもあるが、強くダメとは言わなかった。私自身が見たかったのかも知れない。内容は『平成狸合戦ぽんぽこ』、『もののけ姫』の延長線上にあるものだったが、主題歌が気に入った。

 十一月の土曜日、小学校の体育館へ作品展を見に行った。そこでミニ演奏会が行われた。小学生を対象にした区の音楽演奏会への手ならしのようなものだった。私は体育館の二階席の隅でそれを聴いた。どうせ小学生の演奏と思っていた。

 曲は『いつも何度でも』。

 呼んでいる 胸のどこか奥で/いつも心踊る 夢を見たい/悲しみは 数えきれないけれど/その向こうできっと あなたに会える……

 『千と千尋……』の主題歌である。リコーダーの澄んだ高音がスーツと胸に入ってきた。

 生きている不思議 死んでいく不思議/花も風も街も みんなおなじ……悲しみの数を 言いつくすより/同じくちびるで そっとうたおう……

 演奏を聴きながら、様々な思いがよぎった。数日前には会社を抜けて、中学校の入学説明会へも出席した。百五十名近い参加者の中で男は私を含め三名だけだった。この作品展、演奏会もひとりで来た。妻が病を得てから四年になる。妻は精神疾患を患っていた。この体育館へ足を運ぶのもあとわずか……大変だった。そんな思いが去来し、涙が込み上げた。演奏が終わっても拍手ができない。その振動で涙が零れ落ちてしまう。顔見知りの母親達を避けるように、学校を後にした。思いもかけぬ涙であった。

 娘がまだ小学校に入る前、娘の友達を連れて区の公民館へ行ったことがある。子供を対象にした映画の上映があるという。小さなホールは就学前後の子供と母親で満員だった。映画は『アルプスの少女ハイジ』。参ったなあと思いながら、子供の席を確保し、しばらくロビーでタバコを吸ったりコーヒーを飲んだりして時間をつぶした。妻が風邪を引いて、かねてから約束していたとのことで、私が替わったのだ。それでも時間を余し、寝てもいいだろうと会場の席に戻った。

 眠ろうとしながら、ついつい見入ってしまった。ハイジが健気で可愛そうなのである。明るく振舞えば振舞うほど、その分悲しみが増す。涙が溢れてしまった。子供に気付かれないように涙を拭くが、後から後から込み上げて、どうにもならなかった。

 子供につき合っていると、思わぬ場面に出くわす。このハイジも宮崎駿作品であることを後で知った。

 いずれも予期せぬ涙であった。

 

                     平成十三年十二月  小 山 次 男

 追記

 平成十八年十一月 加筆