Coffee Break Essay




 年齢誤認


 先日、近所の床屋へ行ったときのことである。そこは従業員が四、五名いるスーパーに併設された床屋なのだが、その日は、初めて見る年配の男性が私を担当した。散髪が終わり、レジで会計をしようとしたとき、

「お客さん、カードありますか」

 その男が人の良さそうな笑顔で訊ねてきた。

(カード?)

 私は一瞬、何のことかわからず、小さな戸惑いを覚えた。すると、レジのところに立てかけてある案内プレートが目に入った。そこには、「六十五歳以上の方は、シルバーカードをご提示ください」と記されていた。

 現在、私は五十八歳なのだが、ここ五、六年の間に派手に年齢を間違えられる場面に出くわしている。そんなことが重なるうちに、いちいち反応するのも面倒になり、「出たー」と思いながら黙殺している。

 私の服装がいけないのか。メガネが地味なのか。色々と考えたが、やはり顔に問題があるのだと結論付けている。私は二十代の中ごろから、三十二、三歳に勘違いされていた。つまり、七、八歳年上に見られていたのだ。そのころはまだ、私の髪の毛も普通に生えていた。それが、いつの間にか残念なことになっている。だが不思議なことに、ハゲが年齢誤認を増長することもなく、若いころと変わらず七、八歳の年齢差をキープし続けているのだ。それがなぜなのか、大いに首をひねるところである。

 そもそもあからさまな年齢誤認は、室蘭の銭湯が始まりだった。私は銭湯が好きで、平成二十三年に東京から室蘭に転居してからというもの、週に二度は近所の銭湯にかよっていた。銭湯へ行くようになって一年半ほどが過ぎた時だった。番台に座っていたいつものバアさんが、身を乗り出すようにして、

「お客さん、何歳?」

 唐突に私の年齢を訊いてきた。

「オレ? 五十二だよ」

 と言うと、

「あら…… 若いのね」

 と言うなりバアさんは顔を赤らめ、肩をすぼめた。若奥さんとはよく話をするのだが、それまで一度も話しかけてこなかったバアさんだった。風呂に入っている間中、何でババァ、オレの歳を訊いてきたんだ? と考えてみたが、納得のいく答えは見つからなかった。バアさんに面と向かって「なんで歳を訊いてきたの?」と尋ねるのも抵抗があった。悶々としながら銭湯を後にした。玄関を出て何気なく振り返ると、入り口に貼り紙があった。入るときには気づかなかったものである。そこには雄渾な字で「本日、敬老の日。六十五歳以上の方は入浴無料です」と墨書されていた。

 その時の衝撃は大きかった。八十歳を超えたバアさんとはいえ、五十二歳の私が六十五歳以上に間違えられたのだ。言葉を失くした。

 それから二年後、さらなる衝撃が私を待っていた。

 私は二年間の室蘭での生活を終え、札幌に転勤になっていた。三年前に脳梗塞を発症した母がふるさとを引き払い、妹とともに札幌にいた。その後大腿骨を骨折した母は、長時間の歩行が困難になっていた。日曜日は母と妹を車に乗せ、ドライブへと誘い出す。寝たきり防止のためである。当時、母は七十九歳だった。

 ある日、ドライブがてらスキーのジャンプ台がある大倉山シャンツェへ行ったときのことだった。ジャンプ台に上る前に、ふもとのオリンピックミュージアムに入ってみた。札幌オリンピック当時の展示物を見てみたかったのだ。

 受付には四十代と思しききれいな女性がいた。私は母の車椅子を押していたのだが、母を見た女性が、

「年齢証明をお持ちですか。高齢者割引があります」

 と教えてくれた。あいにく何も持ち合わせがなかったのだが、生年月日を言ってもらえればそれでいいという。大腿骨を骨折してから認知症が出始め、耳も遠くなっていた母には、私たちのやり取りが理解できていない。妹が母の耳元で、

「母さん、生年月日、言えるかい」

 と促したところ、母は、

「昭和十年五月……」

 スラリと言ってのけた。幼子を見守るような笑顔でその様子を見ていた女性が、

「はい、いいですよ。では、シルバー二枚と大人一枚ですね」

 朗らかに言った。

(シルバー……)

 そのとき妹が、間髪を入れずに、

「ハイ、それでいいです」

 と言って入場料を払ってしまった。場内に入るやいなや、妹が腹を抱えている。小便を漏らすほどの勢いで笑っていた。年寄りから間違えられたなら笑っていられるが、ちゃんとした大人の女性から正々堂々とヤラレたことに、私は少なからぬ衝撃を受けていた。この一件を境に、私はいかなる誤認に遭遇しても微動だにしない、という体質ができ上ってしまった。

 母はどこからどう見ても年相応の八十代にしか見えない。スーパーの試食コーナーを通りかかると、決まって声をかけられる。

「ご主人もどうぞ」

 イメージチェンジに髪型でも変えてみたいが、肝心の毛がなければどうにもならない。よく行く近所の場末のスナックでも、年配のジイさんから敬語で話しかけられる。何度正しても、信じてもらえない。敵もしたたかに酔っ払っているから、糠に釘なのだ。最近では先輩ズラで、会話を楽しんでいる。

 この先、私はどうなってしまうのだろう。電車の席で向かい合わせになった人、病院の待合室、街を行きかう人、そういう人々から水増し年齢の目で見られ続けるのだろう。悲しみを突き抜け、もはや滑稽である。そういうことを楽しんで生きるのも悪くはないな、となかば諦念(ていねん)の境地である。

 先日、たいした買い物もしていないのに、スーパーのレジの女性が買い物カゴをレジ横のサッカー台(袋詰めをする台)まで運んでくれた。そんなことが続けてあった。

 近々、またなにか起こりそうな予感がする。

                    平成三十年五月  小