Coffee Break Essay


 『米良四郎次と屯田兵』

 

(一)

 米良四郎次(めら・しろうじ)は、私の母方の曾祖父である。慶応二年(一八六六)五月十九日、熊本で生まれている。初代熊本藩主細川忠利に仕えた米良吉兵衛から数えて十二代目にあたる。

 四郎次の父四助(九代)の代に幕末維新を迎えている。父の家督は明治三年(一八七〇)弟の市右衛門(のち左七郎)に引き継がれ、明治九年にはその家督が四助の長男亀雄に引き継がれている。四郎次の視点では、父の家督が叔父の後兄が受け継ぎ、それを自分が引き受けたことになる。

 明治九年(一八七六)八月二十日、左七郎から家督を受けた四郎次の兄亀雄は、十月二十四日に熊本で勃発した明治新政府に対する士族の反乱、神風連の乱に参加し、翌日に自刃している。

 その後左七郎は、明治十年に勃発した西南戦争に熊本隊として西郷軍に合流し参戦。大口方面の戦いで戦死している。熊本隊は熊本鎮台の軍(明治新政府軍)ではなく、池辺吉十郎を隊長とした不平士族一五〇〇人によって組織されたものであった。このとき左七郎の屋敷は、熊本城にほど近い第四大区四小区島崎村三一五番宅地にあった。

 米良家は、二代勘助の代に三百石の知行を拝領し、三代市右衛門のときに赤穂義士堀部弥兵衛金丸の介錯を勤めるなどしたが、その後知行を返上するなど紆余曲折があり、十代左七郎のときに一五〇石で明治維新を迎えている。

 

 米良四郎次(慶応二年五月十九日生まれ)は、五歳で父四助を亡くし、十一歳で兄亀雄を失い、翌年の西南戦争では叔父左七郎を、そして母キトを十四歳で看取っている。「米良家法名書抜」では、七歳のときに弟毎雄が夭折している。

 十四歳で天涯孤独の身となった四郎次は、その後どのように生きたのだろうか。米良家史料では、夫野正寿に嫁いでいる姉はつの存在が確認できる。はつが四郎次の生活をみたのか、それとも左七郎家族のもとで養育されたのか、全くもって詳らかではない。

 四郎次は、兄亀雄の自刃から一年後の明治十年(一八七七)十一月十九日(除籍謄本では同月三日)、十二歳で家督を相続している(「改正禄高等調」熊本県立図書館蔵)。

 明治十七年、十八歳の年に二歳年上の妻ツル(熊本縣託摩郡本庄村父鳥井繁蔵・母ヤヱの三女)を娶り、五年後の明治二十二年七月、妻と三歳の長男義陽(同十九年七月十四日生まれ)、それと生後五カ月に満たない長女榮女(同二十二年二月十三日生まれ)を伴って、熊本を発っている。屯田兵に応募し、札幌の篠路(しのろ)兵村、つまり第一大隊第四中隊へ入隊すべく出発したのである。

 

 屯田兵制度は、明治四年北方情勢を憂慮した陸軍大将西郷隆盛が、開拓使次官黒田清隆に屯田兵設置を建策したのが始まりといわれている。同八年五月、最初の屯田兵二四〇戸が札幌の琴似兵村へ入植を開始した。

 この屯田兵制度は、ロシアの南下政策への憂慮もさることながら、当時、大きな社会問題となっていた困窮士族の授産事業という一翼を担っていた。そのころの士族は、全人口の約四%、一二八万人にのぼっていた。彼ら困窮士族に職を与え、生活基盤をつくらせる目的で屯田兵制度は発足し、北海道に三十七兵村が設置された。

 屯田兵には、一家族に一戸の兵屋(住居)と、開墾して農耕地としなければならない未開地が給与された。兵屋が二二〇から二四〇戸で陸軍に準じた中隊を編成し、兵村と呼ばれる一画が形成された。兵村は市町村の行政区域内にありながら、なかば独立した強力な権限を持つ地域社会であった。

 屯田兵の組織は、日本陸軍の歩兵隊に準じていたが、兵営という一般社会から隔絶された編成をせず、平時も武装し日常生活を続けた。篠路兵村の兵役は、現役三年、予備役三年、後備役八年と、約十四年にわたる拘束があった。

 札幌の四兵村を出身地別に見ると、前期の琴似(ことに)、山鼻(やまなは)兵村入植者は、東北・北海道出身者である。北海道出身とはいえ、もとをただせば東北出身者で、戊辰戦争、函館戦争で旧幕側として戦った者がその大半を占めていた。たとえば青森出身者は、戊辰戦争で薩長軍と戦った会津藩士の残党で、下北半島に斗南藩を新設し移住した者たちである。

 後発の新琴似、篠路兵村の入植者は、九州を中心とした中国・四国地方出身者である。彼らもまた、明治十年の西南戦争にかかわる旧幕加担者であった。つまり屯田兵制度とは、薩摩・長州・土佐の三藩が新政府や軍の中枢を占める中、第二の賊軍を屯田兵として採用したものである。送り出す側の出身県にとっては、合法的に厄介者を県外に放逐したことになる。皮肉なことに、かつて屯田兵制度を建策した西郷隆盛率いる薩摩軍を鎮圧するために差し向けられたのが、前述した前期屯田兵であった。        (つづく)

 

                 平成二十年十二月  小 山 次 男