Coffee Break Essay
この作品は、アポイ岳ファンクラブ会報「アポイマイマイ」43(2005年10月発行)に掲載されております。
掲載履歴は次のとおりです。
・同人誌「随筆春秋」第27号(2007年3月発行)
・「室蘭文藝」46号(2013年3月発行)
『幻の金塊』 同窓会名簿を見たという幼馴染のヤスから、思いもかけぬ電話をもらった。 互いの近況報告が一段落したところで、 「――息子がな、砂金を採って来たんだよ、例の川で。覚えてるだろ、あの金探し……」 ヤスの言葉に、四十年前の光景が甦った。 中学二年の夏、私とヤス、柔道部のキヨシの三人で、地元北海道様似(さまに)の海辺川の源流を探検した。 むかし、この川の上流で金の採掘が行われていた。昭和三十年代前半、中学生であった叔父が、友達と金鉱探検に行き、採掘跡は発見できたものの、怖くて中へは入れなかった、という話を聞いていた。私が小学生のころである。 山奥の採掘場は、ヒグマの棲息域であったため、人々が容易に近づくことのできない場所だった。 抜けるような晴天の下、我々は力強く自転車を漕ぎ出した。未知の領域へ踏み込む気負いと、幻の金塊を探し出すという秘密の計画に、胸が高鳴った。 川沿いの道を一時間ほど走ったところで、道路が途絶えた。自転車を河原に隠し、サンダルに履き替え、川の中をゆく。 エゾハルゼミの声が降り注ぎ、カッコウが遠くで響く。山が左右から迫り、瀬音が響く小川になっていた。濃緑色をたたえた川の淵では、大きなアメマスが悠然と泳いでいた。いつも見る河口付近の海辺川とは、まるで違う様相であった。 おにぎりで腹ごしらえをした後、ナタで木を切り出し、その先を鋭角に削って武器を作った。マムシとヒグマに備えるものだ。 準備が整うと、再び川の遡上を始めた。歩き出してしばらくたったころ、川底の異様な輝きに気がついた。あたり一面の川砂が、キラキラと金色に輝いている。水面に顔を近づけると、その輝きの破片が見える。 「砂金だ! 砂金!」 「ほんとだ、スゲー、スゲー」 我々のボルテージは一気に上がった。 石英の輝きとは明らかに違う強い煌(きら)めきである。心臓が高鳴った。その輝きを指でつまもうとするのだが、どうしてもつかめない。水中から砂を出したとたん、輝きが失せてしまうのだ。見渡す限りの川底の輝きは、見たことのない光景だった。我々には、黄金郷への路に映った。 この先に、間違いなく金鉱跡があると確信し、はやる心を抑えながら用心深く先へ進んだ。まわりは鬱蒼とした原生林である。 川底に金塊がないか目を凝らしながら、周囲の茂みを警戒し、水音を立てないよう慎重に進む。左右のクマザサが少しでもざわめくと足を止め、槍を構える。いよいよ川幅が狭まってきたころ、ついに恐れていたものを発見した。それはグローブ大のヒグマの足跡だった。いくつかの足跡とフンもある。 「新しいぞ!」 全身が粟立った。 「……おいッ!」 ヤスが、目の前の大きな木を指差した。その幹には、ざっくりとした生々しい爪痕と、焦げ茶色の毛がこびりついている。こんなものに襲われたら、張り手一発で即死だ。恐怖で胸が張り裂けそうになりながら、周囲を見渡す。長い沈黙――。セミの声が頭上から降ってきて、せせらぎに吸い込まれてゆく。 すっかり身動きがとれなくなっていたその時、キヨシが突然「ワー」と大声を発した。それを合図に、我々は一斉に川の中を駆け戻った。途中、何度も転倒し、サンダルも脱げ、裸足で走った。ご自慢の武器を手にしている者は、ひとりもいなかった。 「見たのか!」 「いや……背中に何か入った……」 キヨシの白いTシャツの背に緑色の丸い染みが浮いていた。中を覗くと、潰れた毛虫が背中に貼りついていた。 「……なんだよ、オメエ。出たかと思ったべ」 ひと息ついた我々に、引き返す勇気はなかった。ナップザックに入れてあった爆竹もマッチも、濡れて用をなさない。砂金を含んだ砂を袋いっぱいに詰め、足早に川を後にした。 その後、いろいろ試したが、砂から金を分離することはできなかった。手に余した砂金を金魚鉢に入れておいたのだが、やがて一面に緑のコケが生え、結局、全部捨ててしまった。我々の金鉱探検は、それっ切りになってしまった。 ヤスの息子たちも、金鉱跡までは辿(たど)り着けなかったようだ。息子を叱りながら聞き出した話では、川底の煌めきは昔のままのようだという。 最後にヤスが電話口で声を潜めた。 「おい、夏に帰って来ないか」 冗談ともつかぬヤスの誘いに、少年の心が頭をもたげた。 |