Coffee Break Essay



 『結婚式の司会』




 結婚式と聞いただけで、正直、ゾッとしていたころがあった。私には二十二名の従兄弟がおり、私を中心に十年前後の歳の差が勢揃いしている。

 二十五歳を過ぎたあたりから、友人や会社の同僚の結婚も加わり、ブライダルラッシュが訪れた。ひどいときには月に三組ということもあり、悲鳴をあげた。二人だけでどこか外国でやってきてくれよ、と真面目に思った(そういう私は、国内でやったが)。

 そのころ、頼まれて結婚式の司会をするようになった。会社の同僚の司会であるが、一生懸命やると皆から褒められ、新郎・新婦はもとより、両親からえらく感謝される(社交辞令を多分に含む)。ご祝儀は出すが、謝礼がもらえる。面白くてたまらなくなった。

 司会を引き受けるようになってから、ほかの司会者のいい回しや、間の取り方が気になりだした。スーツの内ポケットに録音機を忍ばせ、ひざの上でそっとメモをとる。休みの日にホテルへ出かけ、他人の披露宴を観察しに行ったこともあった。

 披露宴当日、司会者は忙しい。二時間前には会場に入る。媒酌人、親族控え室へ挨拶に行く。来館時に受け取った祝電を、新郎側、新婦側別に選別する。分け終わったら、会場の責任者(チーフ)との打合せ。楽器が入っていれば奏者と曲入れのタイミングを確認。最後に来賓の席順と席札をチェックし、披露する祝電をより分けながら、迎賓を待つ。

 その間、会場のスタッフは、食器やグラスのセッティングにアリの巣を蹴散らしたように慌しく動き回っている。刻々とせまる開宴時間。時計の刻みと心音が重なりだす。

「一杯、いかがですか」

 見かねたスタッフから水割りの差し入れがある。緊張する私に不安を覚えたのだろう。

「さあー、入れるよ」

 チーフの一声で、それまでのざわめきが一瞬にして静まり、招待者が続々と入場を始める。全員が着席し、大扉が閉められると、もう、じたばたできない。会場は水を打ったように静まり返る。緊張がピークに達する。この緊張が、回を重ねるうちに快感に変わってくるのだ。

 司会は、新郎・新婦を迎え入れ、媒酌人挨拶につなぐまでが、ひとつの大きな山場となる。

「お待たせ申し上げました。

 ご来賓の皆様、新郎・新婦様のご家族ご親戚の皆様、本日はおめでとうございます。

 愛、実りまして固く結ばれましたお二人、ご媒酌人ご夫妻の介添えを頂きまして今……」

 二時間半の披露宴の中で、司会者が最も長く話す時間である。静まり返った会場の視線が、司会者に集中する。

「……どうぞお二人ご入場に際しましては、盛大な拍手をもってお出迎えをお願いしたいと存じます。

 今、慶びの席にお迎え致します。

 新郎・新婦、ご入場でございます」

 会場の注意がスポットライトに浮かび上がる二人に注がれる。その隙に、演台の隅に隠しておいた水割りをゴクリとやる。

 自分の緊張を上手くコントロールし、いかに最高の状態へ持ってゆくかが、司会の力量。プロは、その緊張を巧みにコントロールする。

 私は大変なあがり性である。それを克服するために、様々な策を打つ。だが、失敗する。忌み言葉はザラである。私の場合、特にひどいのが、新郎・新婦を逆にいってしまうことである。

「――ここで新郎お色直しのため、しばらくの間、中座致します」

 新婦が神父に結びついて男になり、新郎は女郎という言葉の連想を誘い、男女が逆転してしまうのだ。指摘されて始めて気がつく。

 ハプニングのない結婚式など退屈なものである。酒が入ってくると、ひとしきり講釈を垂れたくて、ウズウズしだす親類が出てくる。できるだけ時間を割き、満足するまで話してもらうように努める。ただ、話しが長引き、しまいには本人も何をいっているのか分からなくなる場合がある。気分を害さないように割り込んで、強制的に終了させる。このタイミングが難しい。

 披露宴での最悪な事態は、新郎が逃散してしまい、披露宴当日、式会場に来ないことである。そんな経験はないが、身近に何組か聞いたことがある。もうキャンセルも何も間に合わなくなった中で、司会者はどう対応するのか。新郎の父親はどう行動するのだろう。そんな疑問を、打ち合わせの時に訪ねたことがある。

「え! 可能性のあるひとなんですか」

 とホテルの担当者がひどくうろたえた。シャレになりませんよ、というだけできちんとした答えは聞けなかった。

 結婚式の本当の面白さは、二次会にある。着飾った新郎・新婦の友人が集い、緊張から開放された寛ぎの中で行われる。結婚式の後だけあって、その余韻を存分に引きずっている。「ああ、私も結婚したいわ」というやつだ。楽しいゲームが待っていたりする。

 二次会が縁で結ばれるカップルは意外と多い。結婚の連鎖反応である。かくして若者たちのブライダルラッシュが始まるのだ。

                    平成十八年十一月 小 山 次 男

 付記

 平成十三年七月『結婚式のことなど』を改題し、加筆