Coffee Break Essay



 
 地震、そして停電― 北海道胆振東部地震 ―


(二)

 今回の北海道胆振東部地震による死者は四十一人、負傷者は六九一人に上った。ただ、その被災地区は限定的だった。もし、今回の地震が海底で起こっていたら、あと二ヵ月遅く発生していたら、そう考えるとゾッとした。

 家族を亡くし、家を失った人の気持ちは察するにあまりある。年老いた両親が自宅もろとも生き埋めとなり、その救出作業を遠くから見守る兄弟の姿がテレビにあった。二人は、大きな声で必死に呼びかけている。その悲痛な叫びに涙があふれた。それはいつ自分の身に降りかかってきてもおかしくないことであった。四十一人の死者は、自然災害の死者数としては多くはない。大災害とはいいがたい数字である。だが、当事者にしてみれば、最愛の家族の中からたった一人の死者が出ただけでも、それは人生を狂わせるほどの大きなダメージになる。死者数の本質とは、そういうものなのだ。

 今回の地震で、津波がなかったこと、そして何より冬の地震ではなかったことが、本当によかった。もし、北海道全域にわたるブラックアウトが真冬に発生していたら、と想像しただけで凍りつく。それは絶対に起きてはならないことだった。

 氷点下二十度では、暖房なしでは過ごせない。トイレや洗い物用としてバケツに汲んだ水も、液体として存在できるのはほんのわずかな時間だけである。私が幼いころは、住宅の寒冷地仕様がまだお粗末だった。寝るときは毛糸の帽子を被らなければ、頭が寒くて目が覚めた。そして、凍らせてはならないものは冷蔵庫に入れた。旭川の友人は、縁日で掬った金魚を寝る前には冷蔵庫に入れていたと言っていた。氷点下二桁での停電は、命に直結する。

 私が購入していたラジオ付懐中電灯は、最後に使ってから六年間、棚の上に放置されていた。今回、その懐中電灯はまったく役に立たなかった。中の電池が劣化して白い粉を吹いていた。手動の発電レバーを回してみたが、電灯が灯る気配はまったくなかった。スマホに登録しているラジコは、貴重なスマホのバッテリーを惜しげもなく食い尽くした。災害時には不向きであることがわかった。頼りになるのは、やはりラジオである。

 電気が止まると、何もかもが停止する。冷蔵庫が止まる。断水にはなっていないが、水が出ない。上階へ水を汲み上げるポンプが動かないからだ。そうなるとトイレが使えなくなる。当然、ウォシュレットもダメだ。風呂にも入れないし、顔も洗えない。ストーブがつかない。固定電話が使えない。パソコンもダメだ。スマホだって充電ができなくなる。ガソリンスタンドも給油ができない。ありとあらゆるものが停止する。

 スマホのバッテリー残量を温存するため、スマホの使用を最小限に控える。ラインやメッセンジャー、ショートメールがひっきりなしに届く。本州にいる多くの友人が、安否を気遣ってくれている。携帯電話のバッテリーがなくなるのは、室蘭・登別の大停電で経験していた。だから、返信は極力短く、必要最小限にした。だが、そのスマホが突然、作動しなくなった。ネットにつながらないばかりか、通話もできないのだ。見ると三本のアンテナが消えていた。非常電源で動いていた携帯電話の基地局の電源が、タイムアウトになったのだ。万事休す! 外部との連絡手段が遮断された。その瞬間から、スマホが不必要に重たい金属の塊となってしまった。

 実は、この数時間前に「拡散希望」と題するラインが知り合いから転送されてきていた。その内容は次のとおりである。

「NTTの方からの情報です。

 只今、道内全域で停電しているため、電波塔にも電気がない状況なので、携帯電話もあと四時間程度したら使えなくなる可能性が出てきたそうです。なるべく一人で行動せず、家族や仲間、友人などと共に複数で安全な場所に避難してください。

 追加情報です。札幌市の断水についての情報が入りました。今から六時間後だそうです。札幌は確定しています。復旧は二、三日かかる予定です。現在、対策本部も情報を集めています。自衛隊本部からの断水指示が出ています。江別市は断水しているみたいです」

 疑心暗鬼の中、本当にスマホが使用不能になった。デマがまことしやかに真実味を帯びてきた。断水も間違いないのではないか、という思いが頭をもたげ始めていた。その後、札幌市水道局が盛んに断水を否定する情報を流し始めた。

 そんななか、また別のラインが入ってきた。

「厚真(あつま)(大規模な山崩れがあった震源地)にいる自衛隊の方からの今来た情報です。地響きが鳴っているそうなので、大きな地震が来る可能性が高いようです。推定時刻五〜六時間後とのことです! 早めに入浴、家事、炊事を済ませてください! との情報が入りました。備えあれば憂いなし! です!」

 これは、明らかなデマだとわかった。だが、私の周りでは真に受けている人が少なからずいた。スーパーやコンビニからモノがなくなった元凶は、これらの情報が寄与したことは否めない。デマだとわかっていても「買っておいたことに越したことはない」という心理が働いたのだ。

 この「○○の方」からの情報は、ラインを通じて瞬く間に人々のスマホに伝播した。そしてこれを打ち消す情報との情報合戦が始まったのである。(つづく)

                    平成三十一年一月 小 山 次 男