Coffee Break Essay



  『北海道の味』




学生時代、夏、冬の長期の休み明け、帰省先から帰ってきた我々には、ひとつの楽しみがあった。
各々地元の土産を持ち寄って、私の部屋に集まる習慣が出来ていたのだ。
岩手、山形、広島、兵庫、福井、鳥取、滋賀、和歌山……みな同じアパートの住人、バラエティーに富んでいる。
学生だから高価なものは買えない。
帰り際、アッそうだ、と思い出して駅や空港で買ってくる菓子類である。

岩手の「かもめの玉子」、広島の「もみじ饅頭」、姫路の「どら焼き」、北海道の私はもっぱら洋菓子の「白い恋人」。
バター臭い菓子が、当時の若い輩(やから)には受けた。場所は京都である。

「このどら焼きはな、ユーメェーなんじゃ。もみじ饅頭みたいなスカスカとちゃうで。食ってみいや」

仕方なくどら焼きを食べながら、何気なくその包装を見ていた広島が、にわかに反撃に出た。

「これ北海道産大豆使用って書いてあるでぇ。なんじゃ、自分とこの名物、ガワだけちゅうことじゃな。へたすりゃガワの小麦粉も北海道産やないか?」

それを聞いた姫路、返す言葉もなく、阪神タイガースのサヨナラエラー負けの顔で、うなだれてしまった。

似たような話がもうひとつある。

「北海道のユースホステルで出された朝もぎのトウモロコシ、最高だったわ」
「オシャマンベツ? で食べた毛蟹、忘れられない」
「ラーメンはとんこつだと思っていたけど、冬の札幌で食べた味噌ラーメン、あれはまさに北海道ね」

妻の母方の兄弟は一男四女、全員九州生れである。
義母はその末っ子。
初めて結婚した姪のダンナである私が北海道出身というとで、姉である伯母たちは張り切った。
結婚して間もなく、伯父の家に集まる機会があったときのことだった。

三人の姉たちの北海道賞賛に伯父は一矢報いようとした。
九州男児が頭を擡げたのだ。

「冷蔵庫にあったろ、あれ。持って来てくれ」

本当は、出す予定ではなかった秘蔵の一品を妻に命じた。

「北海道には美味しいものがたくさんあるかもしれないけど、ケンくんこれは絶品だよ。博多福屋の明太子、知ってる? 高いンだよ、これ」

と勧められた。なるほど美味い。適度な辛さと生タラコのような味わいが絶妙である。
何杯でもご飯がいけそうな一品であった。
「こんな美味しい明太子、食べたことないです」と大袈裟に口を滑らせたものだから、
伯父が天狗になった。明太子に関する講釈が始まった。
その話しが実に、くどい。見かねた埼玉出身の伯父の妻が横槍を入れた。

「……でもこのタラコ、北海道産よ。味付けが、博多なのよッ!」

このひとことで伯父はあえなく撃沈。
そのガッカリした顔は、気の毒で見ていられなかった。

私は、北海道出身ということで、これまでに何度も羨望の眼差しを向けられてきた。

「凄い! ええなぁ、行きたいわぁ、ホッカイドー。美味しいものいっぱいあるし」
「……地平線、いっぺん、見てみたいわぁ」

学生の頃、よくこんな言葉を耳にした。
確かに北海道は遠い地で旅費もかかるし、そう気軽には行けるところではない。
北海道へ行ったことのない若者は、時にとてつもない空想を抱く。
青い空と広い大地、ラベンダーの花が咲き乱れ、馬が草を食(は)み、
冬はパウダースノーがゲレンデに舞う。
毛ガニ、ウニ、イクラ、トウモロコシにジャガイモ、夕張メロン、
北海道のひとはそんなものを毎日のように食べて生活していると。
ここまで来ると重症である。お前らアホか、と言いたくなる。
しかも大学生が真面目な顔で訊いてくるのだから、開いた口が塞がらない。
彼等をここまで追い込んだのは、旅行会社のパンフレットやテレビのグルメ番組である。

当たり前の話だが、北海道で食べたものすべてが地場産とは限らない。
食品に産地表示が義務付けられてから、それがハッキリと目に見えてきた。
だが、カナダ産を偽って北海道産と表示されても、こちらにはさっぱり分らないのだ。

例えば、刺身。スーパーで見る海産物の大半が外国産である。
ケープタウンのマグロ、ノルウェーのシシャモ、アルゼンチンのイカ。
知らぬ間に、世界中の海産物を食べていたことに驚く。
冷凍技術と物流の発達の所産である。

だから、せっかく北海道へ行っても、騙されて外国産を食べていた可能性も十分に考えられる。
それでも、美味しかったと満足できるならば、それはそれでいい。
どうしても本場のものを味わいたいとなれば、田舎へ行くしかない。

たとえば海辺の街で、薄汚いタオルでねじり鉢巻きをし、
短くなったタバコを銜(くわ)えた漁師の親爺が、
「うめぇど。ホラ、持ってケー」と放り投げてくれる魚が、本物である。
そこにはグルメもオシャレもない。
だが、間違いのない旬の一品であることは、請け合いである。

夏の北海道で漁師が作る浜茹での毛ガニ、これはたまりませんぞ。


                      平成十六年四月  小 山 次 男