Coffee Break Essay



  『偏屈クソジジイ』




私は自他ともに認める変なヤツである。

多くのひとが自然に楽しんでいることに、ちっとも興味が持てない。
何故、あんなに楽しめるのか羨ましく感じる。
みんなに合わせようと努力はするのだが、肝機能障害にでもなったかと思うほどひどく疲れる。
最近では面倒くさくなって、わが道を恐る恐る歩いている。

中学まで野球に熱中し、青春の汗にまみれていた。
なのに、今では野球もサッカーも見ない。
だからスポーツニュースやスポーツ新聞など見向きもしない。
サラリーマンの必修科目であるゴルフすらやらないのだ。

パチンコにつき合って間違ってフィーバーしたことがあったが、
次に自分からやりたいという気持ちにはなれなかった。
競走馬の故郷北海道の日高に生まれ育ち、
こよなく馬が大好きなのに、これもやらない。
一切の賭け事に興味がない。
妹は、ジャイアンツと競馬が並じゃなく好きだ。かぶれている。

マンガも雑誌も読まない。どうせ内容は嘘っぱち、読むだけ無駄だと決めつけている。
だから週刊誌は全く読まない。(エッチな写真だけチラリと見る)
故に、通俗的な話題に疎い。

TVゲームもしない。ましてゲームセンターなど行かない。
妻や娘がいなかったらディズニーランドや後楽園などの遊園地には、行くことはなかったろう。
呆れたことに囲碁も将棋も、マージャンすら知らないのだ。

酒も弱いし、女にも弱い。(これはちょっと意味が違う)

ひとは信じがたい顔で私を見る。「――で、一体、何が楽しみなの」

これで私が研究者のようなたぐいならみんなも納得するだろうが、そうじゃないから困っている。
説明がつかないのだ。解ってもらおうとするのも面倒くさい。

通常のひとから見れば、常と異なるのだから異常ということなる。
自分では正常だと思っているので、特異ということにしてもらえれば助かる。
異質では納得がいかないし、変質では可愛そうだ。
極めて好意的に受け止めてもらえれば個性であり、早い話しが変わり者、変人という類である。
少数派、いや、稀少派かもしれない。

家族や縁者を見てもこんなのは私だけである。
どうしてこうなってしまったのか、皆目解らない。
みんなと同じなら、どんなにか楽なのにと思う。(ウソだよ〜ン)
よくそれでサラリーマンが勤まるよなあ。(実際、勤まっていないのかも)

社内旅行では幹事であるにもかかわらず、
つくば万博へ行ったときも、長崎のハウステンボス、宮崎のシーガイアでも社員を送り出して、ひとりぶらぶらしていた。

どうせ行ったって大勢ひとがいて、どこに入るにも何を買うにも行列するに決まっている。
ハウステンボスがいい場所だとしても、しょせん模倣、ニセ物じゃないか。
長崎だって宮崎だってめったに行けるところじゃないのだから、
その街をブラブラしていた方がよっぽど楽しい、となる。

京都だって、ひたすら社寺仏閣を見て回り、
河原町通りや新京極あたりで買い物をして帰るだけなら、
京都へ行ったにしても京都を見たとは言えまい。
新京極から一筋西に入るだけで町屋の雰囲気がある。
立ち話をしている人の話しを小耳に挟んだり、
近所のひと同士が挨拶をかわす場面にでくわしたり、
人々の暮らしを垣間見る機会がある。
それが京都に触れることだ、と思う。

日本国中、どの町並みもそうかわり映えがしなくなった。
とはいえ、その街の気分というものがある。
那覇の国際通りから一歩中に入ると、大きな市場がある。
そういうところでゴーヤチャンプルなどを食べていると、この上なく楽しい。
感覚の問題なのだろうが、きれいなレストランとは味まで違う。
そういう街の気分が味わえたとき、初めて自分が今、旅行の途上であることを実感する。

今だって、ふらりと見知らぬ土地に出かけて、旅特有の不安な寂しさを味わいたくなる。
残念ながら、現在はそれをする機会(勇気)がない。
家族がいる。仕事がある。
ひと昔前なら「愛と勇気の有給休暇」などと言って休みをとったかも知れないが、
そんな悠長なことを言っていられる時代ではない。
代わりに本を読む。
小説が書けるくらい読んでみたいのだが、なかなか時間が許してはくれない。

小説ほど面白いものはない。昇天しそうなくらい楽しい。
活字を通していろいろな場所へ行ってきたし、時代も見てきた。
あやうく一丁先の辻で、新撰組に斬りつけられそうになったこともあったし、
忘れがたい恋愛もあった。もう一度、会ってみたい人もいる。
だから夢中になり過ぎて駅を乗り過ごす。
朝の満員電車の中で、感極まって涙しているオヤジなんてそうザラにはいまい。

活字離れというが、どうしてこんなに面白い行為にのめり込まないのか、そっちの方が不思議でならない。

こんなだから、将来、私はとんでもない偏屈なジジイになるかも知れない。
ジジイにクソを冠されているやも。
もうなってるよ、なんて言わないでくれ!



                     平成十五年五月  小 山 次 男