Coffee Break Essay


 『目覚めれば銀河鉄道』




 新聞記者気取りで、次のような記事を書いてみた。

「私は、地下鉄線延長工事に、終始、反対の立場をとるものであります」

 昨日開かれた、首都圏交通網政策審議会の冒頭の挨拶で、小山国土交通相が爆弾発言を行った。この発言により審議が停止し、いまだに再開のメドがたっていない。

 国交相の発言について、記者団にコメントを求められた近藤総理は、「大臣は、言葉が足りなかったんだよ。(地下鉄の)延長にはもちろん賛成に決まっているじゃないか。ただ、延長してぐるりと環状線にしてしまえばいいことなんだから、そんなに騒ぐ問題でもないだろう。重要法案の審議も控えているので、この件はもうこれでお仕舞いにしてくれないかな」と不快感を表明した。

 先日、次のような新聞記事を目にした。これは本当の話である。

 サラリーマンが出張先の新潟で酒を飲み過ぎ、大宮で降りる予定の新幹線で、目が覚めて慌てて降りたら、はるか手前の越後湯沢だった。どうしてもその日のうちに帰らねばならず、駅の近くで軽トラックを盗み、ふらつきながら運転しているところを捕まった、というものだった。

 米どころ新潟、というところが落ちである。よほど酒が美味かったのだろう。身につまされる記事であった。

 私は、電車の乗り過ごし常習者である。ハッと目を覚ましたら、自分の降りる駅のはるか先にいるのだ。慌てて降りてはるか手前だったこともある。これまでの失態は数知れない。私にとって、飲んだ後の電車は、銀河鉄道である。一瞬にして時空を超えるのだから。

 私の場合、飲み初めて二時間を経過すると、猛烈な眠気に襲われる。「睡魔」ならぬ「酔魔」である。これは若いころからのことで、どんなに議論が白熱していようが、上司が声を張り上げて歌っていても、飲み屋の女が話かけてこようと、抗することができない。元来酒に弱い私には、一次会が限度なのである。

 自宅は二十三区内(練馬)にあるのだが、東京の会社に通うのに三本も電車を乗り継ぐ。会社を出てから都営新宿線、営団(現在の東京メトロ)丸ノ内線、西武池袋線と乗り継ぐわけだが、これがなかなか自宅にたどり着けない。

「今から帰るから」

 とご丁寧に家に電話し、とっくに帰って来ていいはずの時間が過ぎても、一向に帰ってこないダンナに、妻がキレルのも当然である。心配しているだろう、と気遣って電話しているのに、電話してしまったために余計心配をかけてしまったのでは、本末転倒である。もちろん携帯電話のない時代の話だが。

「今日は、どこまで行って来たっていうわけッ!」

 玄関を開けたとたん、妻の第一声が酔った頭を突き抜ける。

 会社までの通勤は、一時間弱の距離だが、これまでの最長時間は、四時間である。酔っているので正確な時間は定かではない。このときは八時半という早い時間に飲み終わったのはいいのだが、最後に乗った電車は終電だった。

 最初の都営新宿線で三駅目で乗り換えるのだが、目が覚めたら神奈川県の橋本にいた。終点である。地下鉄に乗っていたのに、電車の窓から山が見えたときには驚いた。転がるように電車を降りた。なかなか状況が飲み込めなかった。なにせ、一瞬の出来事なのである。まだ、時間的に余裕があったので、歌人の俵万智氏が以前に勤めていた橋本高校のある橋本じゃないか、と感心した。

 気を取り直して電車に乗ったが、次に目が覚めたら、江戸川区の瑞江にいた。次の本八幡駅が逆方向の終点だった。都営新宿線を走破したのだ。さすがに、俺は何をやっているんだ、とガックリと肩を落とした。戻る電車でまた眠って、振り子の振幅が次第に小幅になるように、行ったり来たりを繰り返した挙句、終電で自宅にたどり着いた。電車の中でたっぷり寝たせいか、その夜はなかなか寝つけなかった。

 あるとき、目が覚めたら京王線の明大前駅にいた。この日はしたたかに飲んでいた。やっとアパートの前にたどり着いて、見上げると部屋に電気がついていない。あれ、どうしたんだろう、と思ったとたん、アッ、と叫んだ。この日は月曜、私はその前の土曜日に練馬に引っ越していた。都営新宿線は、京王線に乗り入れており、明大前はその線の延長線上にあった。私はこの日から、三つ目の小川町駅で乗り換えなければならなかったのだ。

 同僚の助言もあり、座るとどうしても寝てしまうので立って帰るのだが、それでも眠る。壁にもたれて立ったまま眠ってしまうのだ。

 丸ノ内線の淡路町駅から乗ってしばらく経ったはずなのに、目が覚めたら次の駅の大手町にいた。戸惑っていると、次は東京とアナウンスされ、方向が逆であることに気づくのである。立ったまま池袋で折り返していたのだ。このときは、自分を責めるのにも飽き飽きしていたので、東京人は何と冷酷なんだ、何故、起こしてくれない、と全てを東京のせいにした。

 独身のころ、よく渋谷のラブホテルに泊まった。残念なことに二人ではない。当時は、一人でも泊めてくれる薄汚い連れ込み宿があった。飲んだ帰り、独身寮に帰るのが面倒になって泊まっていたのだ。結婚するとそうはいかない。帰宅が絶対命題になった。それが乗り越しの最大の原因だ、と都合よく考えている。

 乗り越しエピソードは尽きないが、終電がなくなって、タクシー代もなかった、ということがないのが幸いである。だから間違っても新幹線通勤はできない。新横浜で降りそこなって、「次は〜、名古屋〜」ではシャレにならない。

 そんな話を同僚にすると、

「ボクなんかこの間、駅員に見落とされて、回送電車になって車庫に入る直前に、見回って来た車掌に発見されたんですよ。怒られた、怒られた。でも、見落とした方だって悪いですよね」

 そんな話に花を咲かせながらの痛飲が、次なる話題を呼ぶのである。

 そういうわけで、私は地下鉄延長工事には、断固反対なのである。

                      平成十四年六月  小 山 次 男

 追記

 平成十九年六月 加筆