Coffee Break Essay



  『コンビニ弁当物語』




会社での昼食は、もっぱらコンビニ弁当である。
ソバ屋もラーメン屋も満員電車のように混んでいる。
サッと買えるという利点だけで、仕方なくコンビニを利用している。
昼になると何を食べようかなと迷いながら歩いているうちに、
慣性の法則が働くかのように、ついつい足が向いてしまう。
慣性というより、惰性である。

コンビニのレジには、アルバイトの若者がいる。
弁当を差し出すとマニュアル通りに「温めましょうか」とくる。
ああそうだなと思って安易に頷くと、弁当によっては醤油やソースまで温まってしまう。
その程度ならまだいい方で、湯気を発したタクアンには閉口する。

木枯らしに街路樹が舞うある日、レジの若い女の子からいつものように「温めましょうか」といわれ、ハッと閃くものがあった。
お願いしますという意を込めて頷きながら、ニヤリとなってしまった。

実は先ごろ、あるひとからシナリオの勉強をしませんかというお誘いを頂き、
あろうことか、あなたならきっといいものが書ける、とおだてられていた。
「ブタもおだてりゃ木に登る」というが、私の場合は「(トン)カツになる」たちである。
早速、翌日にはシナリオの書き方なる本を買い求めていた。
それから実際の映画やテレビドラマのシナリオをむさぼるように読み、
無謀にも同時進行でドラマのシナリオを書き始めたのである。

だが、そう易々と書ける訳がない。いきなり躓(つまず)いた。
発想が乏しい私の頭では、物語が膨らまないのだ。
何日も頭を抱えていたところで、例のコンビニの閃きに出くわしたという訳である。

その閃きとは、次のようなストーリーである。

○コンビニレジの前
  昼休み、弁当売り場を物色している風采の上がらぬ独身三十代のサラリーマン。
  カロリー控え目の和風弁当を発見し、カウンターに差し出す。
  かわいらしい女の子の声で、
女子店員「温めましょうか」
  財布から小銭を出そうとしていたサラリーマンの手が止まる。
  ドキッとした顔で、店員の顔をまじまじと見つめるサラリーマン。
  レジの周りには誰もいない。耳まで真っ赤にし、
サラリーマン「エッ! ・・・いンですか」
  初心者マークを胸につけた女子店員、にっこりと笑いながら爽やかに、
女子店員「ハイ、そういう決まりですから」
  サラリーマン、目をうろつかせながら、
サラリーマン「(上ずった声で)じゃあ、お願いします」
  軽く両腕を広げ、目をつぶるサラリーマン。

少々お待ち下さいといわれるままに待つが、女子店員がなかなか現れない。
薄目を明けると、レンジの中で回っている弁当。
チーンという音とともに、「お待たせしました」と元気な声で弁当を手渡され、
夢が弾けるサラリーマン、という話である。

かくして女子店員が抱きしめて温めてくれる、冬季限定新サービス物語はあっけなく幕を閉じた。

実際のシナリオの方といえば、七転八倒、輾転反側の三ヶ月。
パソコンに向かい過ぎ、腱鞘炎と極度の肩こりで接骨院通いになる始末。
それでも何とかストーリーを搾り出し、シナリオ(のようなもの)に仕立て上げた。
早々に、さる方に原稿を送ったのだが、三ヶ月の時間経過に、
おだてた本人は私にシナリオを勧めたことなど忘却の彼方といった呈。

その直後、例のコンビニの続きが思い浮かんだ。

弁当を受け取ったサラリーマンの隣で、この弁当もうないのかね、とレジの女の子に尋ねる老婆。
彼の求めた弁当は、週一度の限定販売で、老婆が毎週楽しみにしていたものであった。
肩を落として店を出ようとする老婆に、弁当を差し出すサラリーマン。
それを見つめるレジの女の子。その後、毎週老婆とコンビニで出会うようになる。
レジの女の子とも親しくなり、休日には二人で独り暮らしの老婆の許を訪ねるようになる。
そんなある日、老婆の姿がパッタリと途絶える。そして・・・

弁当を温める話が、老婆が取り持つ心温まるラブストーリーへ進展する予定である。
その先がどうなるのか、まだ閃かない。
はたしてこの物語、完成を見るや否や。
だが、タイトルだけは決まっている。
「ローマの休日」ならぬ「老婆の休日」である。


                      平成十六年一月  小 山 次 男